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運動の第一法則

どうも、おっさんです。

 

前回の記事

 

nicolarossi.hatenablog.com

で、「ロードバイクは勝手に進む」という暗黙知があるという話をしたのですが、これは普通のシティサイクルと比較して抵抗が少ないということと、前傾姿勢で重心移動をしやすい構造になっているので勝手に進む感覚が強いということですが、そもそも物体は一度動き出すと勝手に進んでいくものなのです。

 

「運動の第一法則」として形式知になっていますが、

 

”物体に外から力が作用しない場合、静止している物体は静止しつづけ、運動している物体は一定の速度で運動をしつづける”

 

という法則があります。

 

これはほとんどの人が学校で習っているはずなので、形式知としては知っていることなのですが、暗黙知としては知らない人が多いでしょうし、忘れていたりすることもあると思います。

 

というより、”静止し続ける”ということは経験的に理解できても、「力が作用していないのに一定の速度で運動をしつづける」という部分に違和感を感じる人が多いのではないでしょうか?

 

これを理解する時に「宇宙空間のような重力や空気抵抗のない場所では」という前提を付ければわかりやすくなるのですが、宇宙空間での活動なんてしたことがない人がほとんどなのだから、実際の体験で継続的な経験による暗黙知的な学習をすることもできません。

 

宇宙空間と地球では環境が違うのだから、その法則は地球上では当てはまらないと感じてしまうでしょう。

 

なので、「物体を移動させるには”常に”力を作用させなければならない」というような勘違いが生まれてしまい、これが「力み」を発生させることになり、その結果として「脱力が重要」という形式知に繋がっているのだと私は考えます。

 

これを、そもそも物体は勝手に進むのだから、その勝手に進んでいる物体の慣性を邪魔しないようにすればいいだけで、自分が余計な力を作用させない方が楽に進めることができるんだという発想になれば、「脱力」なんて必要ないことになるわけですね。

 

「そんなこと言ったってロードバイクはペダル回さないと進まないじゃないか」と思うでしょうが、自転車ってペダル回すのを止めてもその瞬間にピタッと止まってしまうわけではなく、しばらくは進んで行ってだんだんと速度が落ちていった後に止まりますよね?

 

これは、重力や空気抵抗などの外からの力の作用によるものなのですが、ピタッと止まるわけではなく徐々に速度が落ちていくのは、そんなに大きな力が作用しているわけではないからです。もしピタッと止まってしまうような場合であれば、相当な力が作用していることになるので、自転車はその力の作用によって壊れてしまうでしょう。

 

つまり、その程度の小さな力の作用によって速度が落ちるのだから、勝手に進んでいる自転車の速度を維持する力はそれほど必要ないということになります。

 

しかも、その抵抗は一定ではなく走っていれば刻々と変化するのだから、そもそもの話として「速度を維持する」という発想は適切ではなく、その変化する抵抗の場面に合わせて自分の力が一定になるように走らないといけないと気付きます。

 

そうしなければすぐに疲れてしまうからです。

 

「そんなことは知っている」と思う人でも、これを暗黙知として持っている人と形式知でしか持っていない人では違う結果になるという話です。

 

違う結果になるということは、その行為に対する取り組み方が元から違っているからで、その元から違う取り組み方をしている人に「これが正しいやり方です」と形式知的な知識を与えても違う捉え方をしてしまうわけですね。

 

形式知とはある意味”小手先”の知識で、元の取り組み方が違っていれば表面をなぞっているだけになってしまい、思うような結果が出にくくなるということです。

 

典型的な形式知で言うと、ロードバイクであれば「踏まずに回せ」、ランニングであれば「蹴らずに離せ」というのがありますが、これらは”脱力”を別の言い方で説明しているだけの話で、ここからさらに具体的な形式知を並べて補足して説明されます。

 

しかし、元をたどれば運動の第一法則を暗黙知として持っていない人が、無駄に力んでしまっていることが原因なので、そこが修正されない限りはすべて小手先になってしまうんですね。

 

 

これらの話は、ロードバイクやランニングに限らず他のスポーツでも同じことなのですが、現代では色々な解析が進んできて形式知を重視する傾向にあります。

 

それは、暗黙知はそもそもわかりにくく説明し辛い知識なので、他人に説明する時に伝わりにくいからそうなってしまうのですが、元の暗黙知を修正しないと効果が薄いのでほとんど意味がないと私は考えます。

 

が、これも正規分布によってできる人できない人の割合が決まっているので、結局は元からその行為に対する暗黙知を持っている人しか、ある程度の結果を出すことができないということになります。

 

それに加えて、スポーツであれば体格などの素質が上のレベルほど重要になってくるので、その暗黙知を持っている人の中からさらに絞られてしまうわけなんですね。

 

なので、自分が楽しいと思う範囲でやればいいということですし、それができればやってみてどこに到達するかという過程自体も楽しめるはずなんですよね。