おっさんの外部記憶装置

おじさんのブログ

ラン&ウォーク

暑いですね。

 

どうも、おっさんです。

 

今月前半は曇りや雨が多かったのでそれなりにランニングできていましたが、後半からの暑さだともう普通には走れないですね(笑)。

 

今は、中強度走は3分ラン2分ウォークを6セットと、閾値走は5分2セットにウォームアップダウン入れてしのいでいます。たまにウォークだけの日を挟んだり。

 

それでも5分2本の閾値走はキロ5分ペース切って走れているので、秋までの繋ぎとしては十分なのだと思います。(涼しくなって20分走に戻しても最低今のペースで走れる計算)

 

昨年も怪我からの復帰以降は10月いっぱいまでラン&ウォークしてましたし。

 

で、この復帰時のラン&ウォークがシステム的に正しかったということがわかったので、説明してみたいと思います。

 

 

人間の骨格構造を考えると、走るという動作の最低最適スピードが存在します。

 

「歩行」から「走行」に移る臨界点が時速約7.2~8.0kmで、ペース換算するとキロ7分30秒~8分20秒辺りになります。これ以下の速度で無理に「走る動作」を維持しようとすると、筋肉の強制的な収縮で補うことになり関節などへの負荷が大きくなります。(ブレーキがかかります)

 

さらに、ランニングの最大の利点は、着地衝撃をアキレス腱などのバネで一時的に蓄え、それを再利用して前への推進力に変えるという部分です。

 

この機構が効力を発揮し始める最低速度が時速9km以上になり、これより遅いペースでは着地から離地までの時間が長すぎて蓄えられたエネルギーが熱として霧散し、バネによる推進力が得られなくなり筋力だけで走らないといけなくなります。

 

時速9kmは最低速度なので、バネを利用して走る場合は時速約10km程度は必要ということになり、ペースにすると約キロ6分となります。

 

つまり、走るという動作を最適化するには

 

「キロ6分程度以上で走らないといけない」

 

ということです。

 

これは、体格やバネをどの程度使えるか?でも変わってくるので、人によってはもう少し遅かったり、私の場合はバネ人間で(笑)キロ6分だと少しギクシャクするので、キロ5分40秒辺りが最低ラインになります。

 

私のように昨年の怪我明けの状態や一般的な成人男性の心肺能力だと、このキロ6分程度のペースで走ると約2~3分程度で心拍が閾値に到達し、息が上がって走り続けることがだんだん困難になります。

 

そこで、閾値にタッチしたらウォークに切り替えて、心拍が下がるまでその状態を継続し、心拍が下がったらまた走り始めるというラン&ウォークを3~5セットしていくと、身体に無理がかからずに走る動作と心肺能力が向上するというわけですね。

 

※心拍をどこまで下げるかは最適値がありますが、数セットはこなさいといけないのでそのセット数をこなせるように調整し、出来る範囲を把握する必要があります。ただし、ランよりウォークの時間が長くなることはありません。

 

これを続けると閾値に到達する時間が後退していくので、それに合わせてランの時間を延ばしていくと、最終的には20~30分走っても閾値に到達しなくなります。

 

私がそれまでに怪我していたのも当たり前という話なんですよね(笑)。

 

骨格に合わないしバネも使えないので関節に負荷がかかり、しかもバネが使えないなら走る動作の最適化も起こらないことになるので、走るための身体各部の成長もしません。

 

つまり、身体的な部分は速くならないということです。

※心肺は成長するが、身体とのバランスが悪くなる。

 

 

「ゆっくり走ってまずは距離を走れるようにする」

 

とは?

 

次回はこの辺りの話をしたいと思います。

脳内フィルター

どうも、おっさんです。

 

前回の記事

 

nicolarossi.hatenablog.com

の続きです。

 

AIは言葉の「確率計算」という構造によって、無意識を言語化してくれる道具だということを説明しましたが、同時に言語化の難易度も人それぞれ違いがあるということにも触れています。

 

これは、同じ物事をそれぞれの人が見た場合にそれぞれ違う認識をしているということで、それぞれの人が持っている脳内のフィルターを通して世界を切り取るという構造があるということになります。

 

このフィルターはそもそもどこに注目するのか?という部分と、フィルター自体の解像度によって切り取る部分の範囲や細かさが違ってきます。

 

これは、前にも話したことがあるのですが、その人が興味がある部分しか脳内に情報として取り込まれないし、解像度によって取り込まれた情報の細かさも違うという話です。

 

 

これを、ロードバイクに乗っている人で良くある違いに当てはめると、

 

上達しやすい人

・「どうすれば最小のエネルギーで進むか?」という捉え方をします。

・一定の出力で走れば体力を温存して走れることに気づきます。

 

上達しにくい人

・シティサイクルと同じように力任せで進めようとします。

・30km/hで走りたいので、体力は無視してサイコンばかり気にします。

 

これも前から話していることですが、ロードバイクの本質

 

「舗装路を速く走るための自転車」

 

という部分に気づけるかどうかなのですが、一見すると「上達しにくい人」もそれがわかっているように見えますが、これだとすぐに疲れて失速するので本質的には理解できていないことになります。その人のフィルターによって捉え方が変わるので、同じ物事でも違う結果になるということですね。

 

シンプルにこのような脳内フィルターの違いを表すと

 

「背景を含めて捉えられるフィルター」

「表面だけを捉えるフィルター」

 

に分けられます。

つまり、あらゆる物事の体験をした時に、その物事の背景まで含めて捉えられるか表面だけ捉えるかという違いです。

 

これはわかりやすいようにパキっと二つにわけて説明していますが、これも人それぞれ違うグラデーションなので、薄いけど背景も捉えられるとか表面を濃く捉えるとか、いろんなバリエーションがあります。

 

ここではロードバイクで説明しましたが、その人の興味がどこにあるのか?ということも関係してくるので、別の物事だと違ってくることもあります。

 

例えば、私の場合はロードバイクに関しては背景まで含めて捉えて上達しましたが、お金に関してはあまり興味がないので裕福にはなりませんでしたみたいな(笑)。

 

 

で、この違いがあるので背景の構造が見えない人に、その背景を説明しても話が通じるわけがないということになります。

 

ここでポイントがあって、これも前に話しましたが「無意識のイメージ」が近接している人の言っていることは理解できるということです。

 

このフィルターの違いはほとんどの人は無意識で処理しているので気づかないですが、その無意識が近接している人が使った言葉に反応することができます。

 

なので、私のこのブログを見て「言ってる通りだ」と感じる人もいれば、「何言ってるんだコイツ」ということも必然的に起きるわけですね。

 

これ、当たり前のことを言っているように見えるかもしれないですが、ある物事の表面だけを捉えるフィルターを持っている人は、同じ物事の背景を捉えている人の言っていることが構造的に理解できないので、それが間違っているように見えてしまうこともあるということになります。

 

※言葉上は理解できるかもしれませんが、脳内のフィルターが拒否反応を起こすということです。

 

 

このように考えると、AIの確率計算による無意識の言語化は

 

「自分の無意識の脳内フィルターを可視化できる装置」

 

ということにもなります。

言い換えると。

 

「外部思考装置」

 

とでもしておきましょうか?

このブログ「おっさんの外部記憶装置」の思考バージョンです(笑)。

 

自分の脳内フィルターに近接している言葉には反応できるわけなので、その無意識のフィルターを可視化でき、どのようなフィルターであっても思考を拡張することができます。

 

なので、AIを外部思考装置として使えば、自分がどのようなフィルターで世界を切り取っていたかということがわかるわけですね。

対話型AIの本質

どうも、おっさんです。

 

今月に入ってから対話型AIで遊んでいたのですが、色々とわかってきたので記事にしてみたいと思います。

 

あんまり興味がある人はいないと思いますが、私は以前から「人間の思考行動」について考えているし記事にしているじゃないですか?それは前に話した通りに、ずっと違和感を感じていて興味があって色々と調べていた結果で、

 

「見えている世界が他の人と違う」

 

という結論になったわけです。

で、対話型AIと一緒に色々と考えていたら、私が今まで感じていた違和感の裏付けが取れたので、その辺りの話をしたいと思っているのですが、その前に「対話型AI」(以降AI)の特徴を今回は話していきます。

 

 

・AIの本質

 

ほとんどの人のAIの利用目的って調べたいことを質問して答えてもらうという、従来の検索エンジンより検索効率の良い「新しい(凄い)検索エンジン」のような感じになっていますよね?(あるいは面倒な作業を肩代わりしてくれるみたいな)

 

従来の検索エンジンとは違って、それより便利なものというのはなんとなくわかっているんだけど、自分が調べたいことを今までより上手くまとめて調べてくれるみたいな。

 

ただ、AIのシステム的な構造を考えるとその認識は少しズレていて、本質は検索エンジンのように自分が知らないことを外から持ってくるものではなくて、自分の中にあるモヤモヤして言葉にできない部分を、「具体的な言葉」に変換して出力してくれる道具だということが言えます。

 

つまり、「無意識を言語化してくれる道具」ということです。

 

 

・言語化の壁

 

そもそも人間は、頭の中にあるイメージをそのまま正確な言葉に変換することが構造的に難しいので、頭の中にアイディアや違和感があってもそれを簡単に言語化することができないようになっています。

 

それに、頭の中でどのように情報を処理しているのかも人それぞれで違うので、自分の思考を言語化する難易度もそれぞれ違ってきます。

 

このように、一人で考えていると「構造的な壁」に必ず衝突してしまいます。

 

 

・AIは確率計算器

 

この構造的な壁を突破しやすくしてくれるのが、AIのシステム構造の土台である

 

「確率計算」

 

です。

AIは言葉の意味を理解して自ら思考し回答を出しているわけではなく、膨大な文章データを学習し「この言葉の次にはどの言葉が来る確率が高いか?」を超高速に計算しているだけです。

 

これは、言葉と言葉の関係性だけではなくて、言葉を組み合わせて作り出した文章も同じで、具体的ではない”あやふやな文章”(イメージ)で質問したとしても、その文章に対して確率的にフィットする文章はどういうものか?ということを割り出し、具体的な回答を導き出して表示してくれるということです。

 

つまり、AIは質問者が知らない答えをゼロから生み出しているのではなく、質問者の頭の中にある「なんとなくのイメージ」の確率を計算して、具体的な言葉として輪郭をつけて出力しているだけだということなんですね。

 

 

・確率計算のデメリット

 

AIは実際に言葉を理解して回答を出しているわけではなく、確率的に言葉の並びや文章の造りを「もっともらしい形」で出力しているだけになるので、ハルシネーションと言われる「嘘」を回答する場合があります。

 

AIの学習の基本は、膨大な文章データを学習して言葉と言葉の関係性を確率的に導き出すということなので、学習していない文章データや昨日今日起こった出来事の内容は答えようがありません。

 

なので、そのような本来は答えようがない質問をされた場合も、言葉と言葉の関係性を確率計算によって「もっともらしい文章」にして出力してしまうので、結果的に「嘘」になってしまうということです。

 

AIを、「自分が知らない正解を教えてくれる道具」だと思っている人は、この確率計算の裏側にある罠に引っかかりやすいわけですね。

 

 

・まとめ

 

このように考えると、

 

自分が知らない「外側」の情報を探す = 検索エンジン

自分がまだ気づいていない「内側」の情報を引き出す = 対話型AI

 

ということがわかると思います。

 

基本的にはAIに「正しい答え」を求めても嘘をつかれるリスクがありますが、自分の中のあやふやなイメージを入力して具体的な回答をしてもらい、

 

「あ、自分はこういう思考をしていたんだ」

 

と気づく道具として活用する方が本質的なAIの利用方法だと言えます。

 

自分の頭の中にある思い込みや形にならないアイディアを出力してもらい、脳内をスッキリさせるための「客観的な鏡」としての構造を持っているということが、AIの本質だということです。

 

 

ちなみに、この記事の構成もAIと一緒に考えましたが、明確になっていなかった「あやふやな部分」を気づかせてくれてある程度の言語化ができています。

 

※AIに文章を作ってもらい、そのままコピペしているわけではありません(笑)

 

 

次回は、この話にも繋がりのある「人それぞれの脳内フィルター」について解説したいと思います。

インターバル走

どうも、おっさんです。

相変わらず走っています(笑)。

 

今月も週3~4回という頻度で中強度中心は変わりませんが、週一回の閾値走も後半から復活させました。

 

先月は閾値走を一度もしていないので、久々にどんな感じだろうかと思っていたのですが、やっぱり心肺能力は落ちてますね。中強度だけで見ると一見変わっていないように見えますが、閾値で走るとはっきりとわかります。

 

この練習量だと中強度中心では走力を維持できないということです。

 

週3回の頻度で、閾値走を1回と中強度を2回でやっていた時期は、今より練習量が少なくても走力は伸びていたのに、中強度だけだと維持もできないわけです。

 

低中強度だけで走力を伸ばそうとすると、少なくとも今の1.5倍ぐらいは練習量を増やさないと難しいのでは?と考えます。

 

しかも、それで走力が伸びたとしても、そこからさらに伸ばすには練習量をどんどん増やす必要があるわけで、やっぱり高強度なしで走力が伸びていく人というのは持久力の初期値が元から高い人で、練習量を増やしやすいのでは?と推測できます。

 

フルマラソンサブ4辺りで行き詰っている人を見てみると、定期的に高強度をやっている人はあまりいないように感じますが、高強度なしで普通の人が到達できるのがその辺りなんでしょうね。

 

そこで行き詰っている人が「高強度が必要かも?」と感じてやり始めるのは、何故かインターバル走の方が多いように思います。閾値走じゃなくて。

 

で、インターバル走で一番有名なのが「1000m×5本」なんですが、これってどういう意図があって「1000m×5本」なのか考えてみたいと思います。

 

 

まず、なぜ1本1000mなのかですが、これは単に1000mというのがキリが良いしわかりやすいからというのもありますが、インターバル走の意味が分かると理にかなっていることが分かるので後で話します。

 

じゃぁ、5本のほうは?というと、「1000m×5本」は合計5000m疾走することになるので、5000mを5本に分けているという見方ができます。

 

ここから、これは5000mの練習でもあるということが分かります。

 

インターバル走はマラソンのスピード練習としても有用ですが、「1000m×5本」というのは元々5000m競技の練習として使われていたのでは?という話です。

 

実際に、5000mの練習方法を調べると「1000m×5本」が有効と出てきます。

 

5000m競技ではどのくらいのタイムで走るのかを見てみると、14~15分が上級レベル(トップレベルは13分台)のようなので、目指すのは少なくとも15分切りということになります。

 

5000mを15分はペースにするとキロ3分ですが、VDOTで見てみると閾値ペースはキロ3分15秒となっているので、閾値よりキロ15秒速く走っているということですよね?

 

閾値より少し上の強度で走っているのでVO2Max強度ということですね。

 

おそらく、「1000m×5本」というメニューはこの辺りのレベルを想定していて、どういう意図の練習方法なのかを考えると、

 

「VO2Max強度の練習」

 

ということが分かると思います。

しかも、3~4分の疾走を繰り返すので、VO2Maxの限界値を鍛える練習ということです。

 

5000mの競技者の場合、3~4分間の疾走が大体1000mになるので「1000m×5本」という練習が理にかなっているというわけなんですね。

 

逆に考えると、キロ3~4分で走れない人にとっては本来の効果が得られないとも言えます。

 

全く効果がないわけではありませんが、それより遅い人の場合は同じ1000mでは疾走時間が長くなってしまう為、VO2Maxの限界値に届かなくなるわけです。

 

疾走時間が3~4分になるように距離を短くする工夫が必要になりますが、このインターバル走の意図が分かっていない人はそこに気付きにくいです。

 

 

このように考えると、そもそもほとんどの一般ランナーにとって「1000m×5本」という練習が必要なのか?ということになってくるし、5000mの練習方法でも20分を切れていない(つまり、キロ4分台以上)ランナーにはVO2Max強度のインターバル走を推奨していません。

 

ということは、ほとんどの場合5000m20分切りまでの高強度の練習は、閾値走だけで到達できるというわけですね。

 

5000m20分切りぐらいの走力になるとサブ3が見えてくるので、サブ3を目指すぐらいになってはじめてインターバル走が必要になってくるということです。

自分に合った練習法

どうも、おっさんです。

 

相変わらずランニングとゲームをやっています(笑)。

 

ゲームは新作の忙しさが一旦落ち着いたので、エルデンリングの複数キャラ並行プレイに戻っていて、DLCの二体目のボスをそれぞれのキャラで倒しているところです。

 

DLC初見ではそれなりにレベルを上げた二周目のキャラでプレイしていたので、世間で言われているほど難しく感じなかったのは、そのおかげもあるかもなぁと考えていたのですが、今回のDLC二体目のボス時点でレベル129と、開発の想定レベルより低いレベルでも「難しすぎる」とは感じず倒せているので、やっぱりレベルによる難易度の印象ではなかったということでした。

 

レベル50に抑えているキャラでも同様の感触で倒せているので、結局は敵の攻撃をかわして隙に攻撃を差し込むという基本が出来ていれば、「難しすぎる」という感想にはならないなと私は思います。

 

 

今月のランニングは週3~4回の頻度で中強度を高めと低めでやっていますが、閾値にがっつり入れる走りは最近やっていないので、閾値付近の心肺能力はじわじわ下がっているように感じます。

 

ジョグだけで速くなると言っている人もいますが、研究によるとトレーニング全体のボリュームが相当大きくないと、低中強度でのトレーニングだけでは走力は上がりにくいとされています。

 

おそらくジョグだけで速くなるような人はそもそも持久力に長けている人で、初期の段階からトレーニング全体のボリュームをある程度稼げるということも有利に働くのでしょう。

 

それに、その人が言っている「ジョグ」が本当に低強度を表すジョグのことなのか?という問題もあります。ジョグだけしかしていないということは、心拍数による強度管理も必要としていないということになるので、その人がジョグだと思っている強度が実は中強度だったなんてこともありえます。

 

一般的なランナーがマラソンに向けてトレーニングする場合、とにかく距離を伸ばす方向に注力することが多いので、その場合に参照する情報として「ジョグだけで速くなる」は相当相性が良いわけですね。距離を重視する場合は強度を上げられないから。

 

しかし、この方法で上手くいく人は限られていて、目標を達成できる人はほとんどいないということになります。

 

フルマラソン2時間10分台の人が「とにかく距離が重要」「その練習でサブ4なんか簡単」と言っているのを見たのですが、一般的なランナーはそこまで時間をかけられないし初期体力も違うわけで、その結果がサブ4達成者の割合に現れているだけです。

 

※自分が恵まれた身体に生まれたことを理解していないという部分もある。

 

 

よく、どのレベルの人でもマラソンは42.195kmという同一の距離を走る競技と言われたりします。なので、とにかくどのレベルの人でも42.195kmという距離を走れるようにしようとします。

 

しかし、レベルが違うと走る速度も違うので走り切る時間が変わってきます。

 

身体にかかる負荷は「強度×時間」なので、同じ強度であれば長時間であるほど強い負荷がかかります。

 

例えば、AさんとBさんが二人とも同じ強度で同じ距離を走るとします。その場合、AさんがBさんよりも速く走れるとすると、Aさんの走行時間は短くなります。

 

身体にかかる負荷は「強度×時間」なので、Aさんよりも遅いBさんの方がしんどいことになるという話です。

 

さらに、「負荷=強度×時間」ということは、同じ距離を走ったAさんとBさんの負荷が同じだったとすると、Aさんの方がより高い強度で走れたことになり、AさんとBさんの差はもっと広がることになります。

 

この辺りの部分が、私の「初めにスピードを上げた方が良いのでは?」という考えに繋がっています。

 

 

とはいえ、速筋が優位なのか遅筋が優位なのかによっても変わってくることなので、一概にどれが正しいのかという話ではないということになるわけですね。

 

正規分布で考えて一番多いのはどのタイプかと言うと「速筋遅筋半々」になるので、多くの人にとっては「距離だけ重視」という方法が絶対とは言い切れないし、そもそもある程度の距離を走らなければならない長距離競技で「スピードだけ重視」とはならないので、結局のところ「バランスよく練習する」という結論に行き着き、それぞれ人によってどちらかに偏ることもあるということになります。

 

あと、「ある強度で運動できる最長時間」というのが人によって違うのでは?ということが、色々な人の活動を見て経験的に予測されるのですが、その場合に仮に「マラソン強度だと3時間までしか運動できない」という人がいた場合、例えば4時間運動するにはマラソン強度より下の強度で走らないといけないことになりますよね?

 

そのマラソン強度のスピードがサブ4ペースのキロ5分40秒だとすると、そこから強度を落とさないと4時間走ることができないのだからサブ4達成は不可能になります。

 

この場合、一般的に「キロ5分40秒ペースで4時間走れるようにする」か「落とした強度でキロ5分40秒ペースで走れるようにする」が解決策として考えられますが、もう一つ

 

「42.195kmを3時間で走れるようにする」

 

という解決策もあります。

つまり、マラソン強度のペースをキロ4分15秒まで上げるということです。

 

※これ、「落とした強度でキロ5分40秒で走れるようにする」の反対の考え方ですが、ある強度で走れるペースを上げることに変わりはないので、本質的には同じ解決方法ですね。

 

サブ4を狙うよりサブ3を狙う方が良い人もいるのでは?という説。

速筋と遅筋の割合は人によって違うのだからそういうこともあると考えられます。

 

初心者がマラソンで記録を狙う場合、「はじめてなのだからまずはサブ4」みたいな捉え方が一般的なのですが、それが合わない人もいるわけです。

 

というより、それぞれの人がどういう成長曲線なのかもわからないのに、「数か月後のマラソンでサブ4を達成できるように頑張る」という発想がそもそも無茶なわけで、その人にとって無理なく適正なトレーニングをして、どこの地点に達するかなんてやってみなければわからないですよね?

 

例えば、スピードは上がりやすいけれど走れる時間は伸びにくいという人(逆も然り)の場合、そのスピードと走れる時間からマラソンを走り切れるかが決まるわけなので、それが数か月後の大会に間に合うかなんてわからないということになります。

 

安易に期限を区切ってしまうと、自分の特性に合わない練習法に固執してしまうことも考えられます。

 

サブ4を狙う場合、キロ5分40秒(余裕を持ってキロ5分30秒でも)というペースが自動的に設定されてしまうので、同時に4時間走らないといけないことも決まってしまいます。

 

上記のように、ある強度では3時間しか運動できないという人や、その強度で4時間走れるようになるまでの練習時間が大会までに足りない人もいるわけなので、間に合わないからと無理をすると怪我の可能性も出てきます。

 

 

結局のところ、週一回の閾値走でスピードを上げつつ、マラソン強度で走れる時間を伸ばしていくという基本的な練習が一番の近道にしかならないと私は考えるのですが、目標を設定して期限を区切ることが好きな人が多いので、達成する為に無理して怪我をしたり、世間一般で効果的と言われる練習法を自分に合うかわからないのにやってしまうわけですね。

 

閾値走でスピードを上げていけば同じ時間走っても距離は勝手に増えていくし、トレーニングによって体力が上がっていくと運動できる時間も勝手に増えていき、そうすると距離もさらに増えることになるので、「距離を重視」する必要はないことになります。

 

でも、一般的には「まず距離を伸ばす」ことが重視されているのでその為にスピードは犠牲になり、そうすると距離を走るには時間が必要になってきますし、人によって走れる時間が違うのでその時間が短い人ほど距離を伸ばすのは困難になります。

 

何故、距離を伸ばすことが最重視されるのかということを考えると、マラソン大会で記録を狙ったり完走したりすることが目標目的であれば、42.195km走れないと達成できないわけなので距離重視は当たり前ということになるし、長距離が得意な人が長距離競技で良い成績を残すことができるわけなので、距離を走るのが得意な人が「距離が重要」と言うのも当たり前の話になるからですね。

 

自分に合った練習法を見つけるには、

 

「マラソン大会に出ようとしない」

「長距離が得意な人の話は普通の人には当てはまらない」

 

ことを知る必要があるということです。

ランニング時の心拍

どうも、おっさんです。

 

今月から週4回走ろうと思っていたんですが、思ったより天候が悪くて結局週4回走れたのは1回だけでした(笑)。

 

閾値走も1回だけしかしてないので、走力は全然上がっていないですね。

やっぱり中強度だけだとそれなりの時間走らないと変化なしということです。

 

 

前にも書いたことですが、一般的なランナーって「心拍」をあんまり参考にしていなくて、高いか低いかぐらいは見ているようですが、ゾーンや強度の理解までは行っていない人が多いと思っています。

 

例えば、低強度を表す場合「会話ができるくらいのペース」みたいな言い方をしますよね?でも、調査によるとゾーン3やそれ以上の強度でも「会話ができる」と自認している人もいるようで、私自身もどこまで会話ができるかとするとゾーン4下限辺りまでは「できる」とも言えますし(笑)。

 

トレーナーとか上級者でも「心拍数より主観強度が重要」と言っている人もいるんですが、主観強度が実際の強度とマッチするようになるには、ある程度の経験や練度が必要だと思います。

 

現に、上記の通り「会話できるくらいのペース」と言っても人それぞれバラバラな主観で、それとゾーンは結び付いていないのですから。

 

 

で、この「心拍数は基準にならない」みたいな言説のようなものがある原因として、ランニングウォッチの光学式心拍計の精度の問題があると考えています。

 

私自身、自転車で光学式心拍計を使い始めましたが、寒い時期の精度の悪さから胸部計測式に変えましたし、ランニングでも寒い時期は胸部計測式で、暖かくなったらランニングウォッチの光学式で走っています。

 

今月は気温の変化を見て丁度その切り替え時期だったのですが、最近になってようやくある程度正確な数値になってきました。

 

具体的には光学式心拍計は正常に計測できていない場合は数値が”低く”出ます。

 

特に、走り始めの10~20分程度やゾーン3程度以下で走っている場合に実際の数値より低く出て、ゾーン4程度になると正確な数値にジャンプすることが多いです。

 

なので、記録されたグラフを見てみると心拍が急変動したように見えます。

 

ランニングは暑い時期にはあまり積極的に行われなく、涼しくなってきてからが本格的なシーズンなので、ランニングウォッチの光学式心拍計にとっては条件が悪い時期に重なります。

 

寒い時期の計測心拍は実際より低く出ていることになるので、その低い心拍が自分の通常の心拍だと勘違いしてしまいますし、暑い時期は事前情報として「心拍が高くなる」ということを知っている人が多いので、これを「暑さによって高くなっている」と勘違いしてしまいます。

 

もちろん、暑い時期は心拍が高くなりやすいですが、自身の心肺能力に応じた数値としてはこちらの方が正確だと言えます。

 

つまり、ほとんどの経験や知識のない人がこれらの数値を見ると、「心拍計は高く表示されやすい」という感想になるわけですね。

 

実際とは逆になるということです。

 

これらのことから「心拍計は当てにならない」ということになって、心拍を見ることに意味を見出せなくなるわけですね。

青切符

どうも、おっさんです。

 

今月のランニングは中強度をメインでやってました。

閾値走は抑えめペースで2回しかやっていないので、スピードは停滞していますね。

 

「中強度をやっていれば速くなる」という人もいて、マラソンに関してはそれはその通りだろうなとは思うんですが、前提としてある程度の時間(距離)を走っていないと効果はなかなか出ないと思います。来月からは週4回に増やす予定なのでそこからですね。

 

ただ、そうだとしても最低週5回できれば毎日走る、さらに2部練っていうのが速い人が言っている前提なので、私がそこまでの体力に到達するのかはよくわからない。

 

なので、目標としては週5回走るところまで持っていって、週1回は閾値走で中強度(高)が2回、中強度(低)あるいは低強度が2回というのが現実的でしょう。

 

 

ドラッグストアに用があってランニングのついでに行ったのですが、自宅から走って30分弱ぐらいなので買い物して荷物を持って歩いて帰ってきました。

 

ドラッグストアの近くに中学校があって、ちょうど通学の時間帯にそこを通っていたので自転車の学生とすれ違うことが多かったのですが、歩道が結構狭いところなので気を付けていないと接触しそうでした。

 

SNSとかで話題になっていましたが、「自転車の歩道走行で反則金」に賛否みたいな。

 

歩道は前から「自転車は徐行」なので、その違反に対しての反則金が新たに設けられただけの話なんですけどね。

 

で、上記の通り自転車で歩道を走るのは結構危険な場面もあるので、「自転車は原則車道走行」で、交通事情でやむを得ない場合は「歩道を徐行」というのが安全面からも妥当と言えます。

 

現状、歩道を徐行走行している自転車はほぼいないので、この反則金は良い周知になると私は思っています。

 

「徐行」とはすぐ止まれる速度で、数値にすると10km/h以下が目安ということらしいですが、電動キックボードの歩道走行モードが6km/hに定められています。

 

例えば、ロードバイクでその速度で走ろうとすると結構難しいというか、ロードバイクはシティサイクルと比較して重心が高いのでバランスを取るのが難しくなり、逆に危険になってしまうことも考えられます。(ビンディングシューズだとさらに)

 

車道も自動車が速い速度で走っているから危険だと思うかもしれないですが、これも自転車の追い越しルールが明確化されて、少なくとも1メートル程度の安全な間隔を空けるか、速度を十分落として通過しなければならないことになりました。

 

ちなみに私は、自動車に追い越される時に右肘にミラーがぶつかったことが1回あります。信号前の低速状態だったから怪我はしませんでしたが、そもそも目前の信号が赤になって減速しているのにわざわざ追い越そうとする車が多いです。

 

このような反則金やルール明確化にイラついている人が結構いますが、安全が大前提でそこにスムーズな交通があるわけで、多少の減速しなければならない状況に対してイラつく人は車両を運転する資格がないとも言えます。

 

正規分布で考えると、何かに適した能力のある人というのは全体の二割程度しかいないのだから、望めばほとんどの人が取得出来てしまう運転免許ではそういう人が多くいるのも仕方がない話なんですけどね。